

固相ペプチド合成 SPPSにおけるRaman PAT
― ペプチド合成プロセスをリアルタイムに理解する ―
固相ペプチド合成(SPPS:Solid-Phase Peptide Synthesis)では、アミノ酸を一残基ずつ樹脂上のペプチド鎖に結合しながら、目的とする配列を構築していきます。代表的なFmoc法では、
脱保護(Deprotection) → 洗浄(Washing) → カップリング(Coupling) → 洗浄
という工程を繰り返します。
こうした反復工程では、反応や洗浄を「いつ終了するか」という判断が、プロセス時間、溶媒使用量、品質、生産性にも影響します。
SPPSでは「工程の終了をいつ判断するか」が重要
SPPSでは、Fmoc保護基をpiperidineなどの塩基を用いて除去した後、残存試薬や反応生成物を洗浄し、次のFmoc保護アミノ酸をカップリングします。しかし実際のプロセスでは、脱保護反応は十分に完了しているかpiperidineは十分に洗い流されたかカップリング反応は完了したか
カップリング後の未反応成分は十分除去されたかといった状態をリアルタイムに直接把握することは容易ではありません。そのため、固定された反応時間や洗浄回数を設定したり、工程途中でサンプルを採取し、HPLCやLC-MSなどのオフライン分析によって確認したりする方法が用いられています。HPLCやLC-MSは詳細な組成情報を得るために重要な分析手法ですが、サンプリング、試料調製、測定、解析を必要とするため、プロセスの状態を確認してから次の判断を行うまでに時間差が生じます。
Raman分光によるリアルタイムプロセスモニタリング

Raman分光法は、分子振動に由来する情報を非破壊で取得できるため、Process Analytical Technology(PAT)の一つとしてプロセスモニタリングへの利用が進められています。SPPSにおいても、従来型Raman分光器を用いた研究により、
・Fmoc脱保護反応
・脱保護後のpiperidine洗浄
・Fmoc保護アミノ酸のカップリング
・カップリング後の洗浄など
をリアルタイムに追跡できることが報告されています。
特に、洗浄液中の残留piperidineをRamanで監視し、固定時間ではなく実際の濃度変化をもとに洗浄終了点を判断する方法が検討されています。公開されているSPPS研究では、Ramanによる洗浄終点判定を利用することで、従来の固定時間洗浄と比較してDMF使用量や洗浄時間を大幅に削減できた例も報告されています。Raman PATの価値は、単にスペクトルを取得することではありません。プロセスの状態をより早く把握し、次の操作を判断するまでの時間を短縮できることにあります。
オフライン分析データをRaman PATの参照データに活用
Raman PATは、HPLCやLC-MSを置き換えることを目的とした分析手法ではありません。
HPLCやLC-MSは、詳細な化学組成や不純物の確認などに重要な参照分析法です。一方、Raman分光はプロセス中の状態変化を連続的に取得できるため、
HPLC / LC-MS= 詳細な参照・確認分析
Raman PAT= リアルタイムのインプロセスモニタリング
という補完関係を構築できます。
プロセス開発段階では、RamanスペクトルとHPLC/LC-MSなどの参照データを対応させることで、反応進行や洗浄状態を判断するためのモデル構築にもつなげることができます。

Raman/PATは、HPLC/LC-MSなどの参照分析を補完しながら、プロセス中の変化を継続的に可視化し、より迅速な工程判断を支援します。
SPPSで利用される代表的なRaman情報
SPPSに関する公開研究では、例えば次のようなRaman情報がプロセスモニタリングに利用されています。
Piperidine
Fmoc脱保護に使用されるpiperidineは、脱保護後の洗浄工程で十分に除去する必要があります。piperidineに由来するRaman信号を洗浄液中で追跡することにより、「まだ洗浄が必要か」「次工程へ進める状態か」を判断するための指標として利用できる可能性があります。
Fmoc関連成分
Fmoc保護アミノ酸やFmoc脱保護に伴って生成する化学種のスペクトル変化を追跡することで、
・脱保護反応の進行
・カップリング反応の進行
・カップリング後の残存成分
などを評価する研究も行われています。
このようにRamanは、一つの工程だけではなく、SPPSの複数工程を連続的にモニタリングできる可能性を持っています。
では、なぜTime-gated Ramanなのか
SPPSにおけるRaman PATそのものは、従来型Raman分光器ですでに実績があります。
従って、すべてのペプチド合成プロセスでTime-gated Ramanが必要というわけではありません。一方、実際のプロセスでは、
・蛍光を発する試料
・着色した反応成分
・反応副生成物
・複数成分が共存する複雑な反応液
・樹脂を含むスラリー
・プロセス中に変化するバックグラウンド
などによって、通常のRaman信号の取得が難しくなる場合があります。
Time-gated Ramanは、Raman散乱と蛍光発光の時間応答の違いを利用して、蛍光の影響を抑制するRaman分光技術です。そのため、「RamanによるSPPSモニタリングには関心があるが、実プロセスでは蛍光や複雑なマトリックスのため十分なスペクトルが得られない」という場合には、Time-gated Ramanが新しい選択肢となる可能性があります。
Time-gated Ramanによる評価の進め方
実際のペプチド合成プロセスへの適用では、いきなり製造ラインへ導入するのではなく、段階的に測定可能性を確認することが重要です。
1. プロセス課題の整理
まず、
・どの工程をモニタリングしたいか
・対象成分
・想定濃度範囲
・使用溶媒
・測定位置や測定方法
を整理します。
2. 純成分・ブランク測定
溶媒、Fmoc関連成分、piperidineなどの純成分を測定し、それぞれのRamanスペクトルと特徴的なピークを確認します。
3. プロセス模擬試料での評価
次に、
・混合試料
・洗浄液
・樹脂スラリー
・フローセル試料
など、実際のプロセスに近い試料へ段階的に進み、マトリックスの影響や検出可能性を確認します。
4. プロセスモニタリングへの展開
測定結果とHPLC/LC-MSなどの参照データを組み合わせ、
・洗浄終点
・カップリング終点
・反応速度
・異常トレンド
・プロセス変動
などを判断できるか評価します。
想定されるPoC
Wash Endpoint Optimization – 洗浄終点の最適化
piperidineなどの残存成分をリアルタイムに追跡し、固定時間・固定回数の洗浄から、実際のプロセス状態に基づく洗浄へ移行できるかを評価します。期待される効果として、
・溶媒使用量の削減
・洗浄時間の短縮
・サイクルタイムの短縮
などが考えられます。
Coupling Endpoint Monitoring – カップリング終点モニタリング
カップリング反応中のスペクトル変化を追跡し、反応速度や反応完了をリアルタイムに判断できるか評価します。
Real-Time SPPS Process Analytics – SPPSプロセスの連続モニタリング
脱保護、洗浄、カップリングといった複数工程を通してRamanスペクトルを取得し、SPPSプロセス全体の変化を連続的に可視化することを目指します。
従来Ramanで難しいSPPSプロセスに
SPPSにおけるRaman PATは、すでに従来Ramanを用いた研究でその可能性が示されています。その一方で、
「自社の実プロセスでは蛍光が強い」
「樹脂や複数成分の影響でRamanスペクトルが得にくい」
「通常Ramanではバックグラウンドが大きく、目的成分を追跡できない」
といった課題がある場合には、Time-gated Ramanを用いた測定評価を検討する価値があると考えます。
実際の試料を用いた測定可否確認から、参照分析との比較、プロセスモニタリングモデルの検討まで、段階的な評価をご相談ください。
ペプチド合成プロセスにおけるRamanモニタリングについて、お気軽にお問い合わせください。
日本国内でのデモ測定・導入前評価
Photontraceでは、Timegate Instrumentsの日本国内パートナーとして、Time-gated Ramanのデモ測定、実試料評価、データ解析および装置導入前評価をサポートしています。
バイオプロセスへの適用を検討する際には、まず実試料を用いて次の点を確認します。
・試料から生じる蛍光の程度
・Time-gated Ramanによる蛍光低減効果
・対象成分に関係するラマン情報の有無
・必要なS/Nが得られるか
・測定時間と再現性
・濁り、気泡、不均一性の影響
・培養条件や濃度変化によるスペクトル差
・参照分析値との初期的な関係
・プローブを含む測定形態の適合性
まだ対象成分や測定方法が明確になっていない段階でも、現在の分析方法、対象試料、確認したい成分や状態をもとに、評価の進め方をご相談いただけます。
