

上流バイオプロセスにおけるTime-gatedラマンの有効性
CHO細胞培養を対象とした最新論文を解説
上流バイオプロセスでは、グルコース、乳酸、アンモニア、グルタミンなどの代謝関連指標を適切に把握できるかどうかが、プロセス理解や制御に大きく影響します。
一方で、従来のラマン分光では、培地由来の蛍光干渉によってスペクトルのS/Nが低下し、低濃度の対象成分検出が難しくなることがあります。実際に、この論文でも、蛍光干渉がラマン信号を覆い隠し、SNR低下とLOD上昇を招く主要因として整理されています。
本記事では、CHO細胞培養を対象に、通常の Raman spectroscopy(RS)と Time-gated Raman spectroscopy(TGRS)を比較した最新論文をもとに、Time-gated Ramanがバイオプロセス監視においてどのような意味を持つのかを整理します。
原文論文はこちら:
Enhancing analytical sensitivity in upstream bioprocess using time-gated Raman spectroscopy
この論文で比較された内容
この研究では、低細胞密度および高細胞密度のCHO細胞培養サンプルを用い、glucose、lactate、ammonia、glutamine、alanine 5つの対象成分を対象に、通常のRaman spectroscopy(RS)と Time-gated Raman spectroscopy(TGRS)が比較されています。
評価には、Net Analyte Signal(NAS)、Signal-to-Noise Ratio(SNR)、Limit of Detection(LOD)が用いられています。
装置条件としては、RSは785nmレーザーを用いた一般的な構成、TGRSは532nm励起のPicoRamanM3を用いた構成で評価されています。
なぜこの論文が重要なのか
ラマン分光は、バイオプロセスのリアルタイム監視に有望なPAT手法として知られていますが、上流の細胞培養環境では、試料由来の蛍光が大きな障害になります。
論文では、細胞培養系の複雑化に伴って蛍光干渉が増大し、従来のラマン分光では重要成分に対する化学的な感度が不足する可能性があると述べられています。また、数理処理のみで複雑な蛍光干渉に対応することには限界があり、長波長NIR励起では蛍光を抑制しやすい反面、ラマン散乱自体が弱くなるという課題も示されています。
その中で、Time-gated Ramanは、ラマン散乱と蛍光発光の時間差を利用して蛍光干渉を低減しつつ、強いラマン散乱が得やすい励起条件を活かせる可能性がある手法として位置づけられています。
この論文の主な結果
1. Time-gated RamanはS/Nを大きく改善
論文では、すべての対象成分でTGRSのS/NがRSを上回り、特にグルコースと乳酸で顕著な差が示されています。たとえばグルコースでは、低細胞密度条件でTGRSが154.4±5.5、RSが12.7±0.3、高細胞密度条件でもTGRSが35.8±1.0、RSが2.3±0.2でした。さらに、アンモニア、グルタミン、アラニンのようにラマン信号が比較的弱い成分についても、TGRSの方が高いS/Nを示しています。
2. 検出下限が下がり、低濃度成分をより捉えやすい
検出下限(LOD)についても、TGRSはすべての対象成分でRSより低い値を示しています。特にグルコースと乳酸では差が顕著で、たとえばグルコースのLODは、低細胞密度条件でTGRSが0.0255±0.011 g/L、RSが0.865±0.278 g/L、高細胞密度条件ではTGRSが0.2245±0.028 g/L、RSが7.57±0.65 g/Lでした。乳酸でも同様に、TGRSが大きく優位でした。論文では、この結果が代謝変動のより早い段階での検知につながる可能性を示唆しています。
3. 高細胞密度条件でも成分情報をより取り出しやすい
この論文の実務上の価値は、低細胞密度条件だけでなく、高細胞密度条件でも比較が行われている点です。高細胞密度になると、蛍光や複雑なマトリクスの影響が強くなりやすい一方で、論文ではTGRSの方が対象成分に由来する情報をより取り出しやすいことが示されています。これは、スケールアップや実運用に近づくほど複雑になるバイオプロセスにおいて、重要な示唆といえます。
この論文が示す実務上の示唆
この論文は、Time-gated Ramanがバイオプロセス用途で有望であることを示しています。特に、蛍光干渉の強い 細胞培養環境で、S/N と LOD を改善しながら成分の検出性を高められる可能性を、比較データで示している点は重要です。論文の要旨でも、TGRSは5つの対象成分の検出性を高め、上流バイオプロセス環境におけるPATツールとしての実用性を示したとまとめられています。
一方で、この論文が直接示しているのは、主に S/N や LOD、対象成分の検出性の改善であり、すべての工程でそのまま定量モデルが成立することを意味するわけではありません。論文でも、今後は ケモメトリックモデルを開発し、動的バイオリアクター環境での濃度予測へ進めることが今後の課題として示されています。
そのため、論文で有望性が示されていても、御社のサンプルや培養条件、リアクター条件で同様に成立するかは、導入前に別途確認することが重要です。
導入前評価で確認したいポイント
バイオプロセス用途で Time-gated Raman を検討する際には、論文の結果だけで判断するのではなく、実サンプルで次のような点を確認することが重要です。
- PoCを何をもって成功とするのか
目的成分の識別、工程変化の追跡、定量の可能性確認、運用条件下での測定成立など、成功条件を事前に明確にします。 - 目的成分や状態変化を識別できるか
何を見たいのか、どの変化を追いたいのかを定め、実測で確認します。 - 十分なS/Nと再現性が得られるか
スペクトル品質と再測定時の安定性を確認します。 - 高細胞密度や複雑な培地条件でも成立するか
cell culture の複雑化に伴って蛍光や背景の影響がどう変わるかを見極めます。 - リアクターサイズや測定環境に適合するか
光学アクセス、設置条件、周囲光、温度条件なども重要な確認項目です。
Photontraceでの導入前評価・受託測定について
Photontraceでは、Time-gated Ramanの技術資料や論文情報をふまえつつ、国内での導入前評価・受託測定のご相談に対応しています。
バイオプロセスや培養モニタリング用途で、従来のラマン測定では背景蛍光や複雑マトリクスの影響が課題になっている場合は、まず実サンプルでの評価をご検討ください。
導入前に重要なのは、Time-gatedラマンが有望かどうかだけでなく、御社のサンプルや運用条件で実際に成立するかを見極めることです。Photontraceでは、その観点から、受託測定や導入前評価のご相談を承っています。
このような試料でご相談ください
- バイオ試料
- 培地や細胞関連試料
- 蛍光性を持つ材料
- 顔料・着色成分を含む試料
- CWラマンでベースライン上昇が大きかった試料
- バッテリー材料や複雑マトリクス試料
国内での評価・受託測定にも対応
Time-gated Ramanの導入可否を判断する前に、まずは試料で有効性を確認したいというご相談が増えています。
国内での評価・受託測定を通じて、従来法で難しかった試料の測定可能性をご検討いただけます。
CWラマンで難しかった試料でも、Time-gated Ramanで評価可能な場合があります。
まずは試料や現在の課題をご相談ください。
